子供の頃の父を思い出し なんだか嬉しく思えた
「ちょっといいか?」
ある日父から話しかけられた。
私は唐突な声かけと、見たことのない父の表情に驚く。
「これから先のことについて、ひとつだけ伝えておきたい。」
父は一冊のファイルを手渡した。
そして照れくさそうに語りはじめた。
「俺も今年退職して、なんだか気が楽になった。
でもこれから何がいつ、起こるかわからない。
何か起きても困らないように、今から準備をしておいてくれ。」
今ではあまり会話することもなかったが、
子供の頃の父を思い出し、なんだか嬉しく思えた。
それから数年後。
父は事故で他界してしまった。
そのとき、あの日の光景が脳裏をよぎった。
実家で父から渡されたファイルをひらくと、
一枚の紙がひらりと舞い落ちた。
「俺に何かあったら、母さんを頼むな。」
父からのメッセージだった。
いつも厳しかった父が、実は家族のこと、母のことを
気にかけていたことを知った瞬間だった。